日和見アカデメイア

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戦争について

 世界中が慌ただしい。シリア情勢であったりイスラエル軍ハマスの紛争、ウクライナ情勢など多数の被害者が出ていて血や涙を流すひとが連日増えている。こうゆう悲惨なニュースを見ていると「歴史は繰り返す」という言葉ほど強く胸に響くことはないなぁと感じている。以下においてこの凄惨なニュースにおける個人的な考察を述べていきたい。

 経済危機や資源の争い、領土問題…争いが勃発する原因はたくさんあると思うがこれらの原因に共通する事柄があると僕は考えている、順を追って考えていこう。

 様々な評論家や学者の方が主張していることだがグローバリズムナショナリズムの争いが生じていると私自身も感じている。国際化が強まるということは無国籍な経済強者が生き残る時代であるといえるだろう。この経済強者のための政策を政府は打ち出すし産業界もそれに答えてますます効率化を進め無駄をなくしていく。

 このサイクルの中で溢れるのが弱者だ。ここでいう弱者は経済弱者である。僕は内田樹さんという思想家の考え方に非常に共感を持った。彼は「英語が話せなくて自国でしか生きていけない国民」が取り残されてしまうことについて強い懸念を表していた。この取り残されてしまった人たちは自国が戦争になったら被害を一番受けてしまう。反対に経済的な強者は資金力を武器に海外に逃げることだって可能なわけで自分自身の富さえ確保できればいいわけだ。

 この状態は経済弱者は必然的にナショナリズム的な甘い言葉に騙されて独裁が生まれてしまうという構図ではないだろうか。かつてのナチスドイツのように。このナショナリズムの勃興というのは偽りのナショナリズムである。

 私自身の考え方は国籍をハッキリさせお互いに文化や考え方を認め合う世界である。認め合う上で残す部分は残すし海外の素晴らしい知恵を取り入れるなど試行錯誤していくのは非常に大切なことだと考えている。なので外国に対して武力で攻撃をするのは「戦いが戦い」を呼ぶ構造なのだ。仮に戦争に勝ったとしよう。この戦争に勝った国は負けた国に対して優越感を持つのかもしれないがそれは一時的だ。また戦争で勝たなければいまの状態を保つことができない。なので永遠と戦争しなくてはいけなくなる。この悪いサイクルを生み出すのがナショナリズムなのだろうか。僕には考えられない。